男は青い肌の不気味な女を斬り伏せると、一人玉座に構える魔王を睨みつけます。  仮面の下の表情は読み取れませんが、この状況になっても勝てると思っているのか、油断しているように見えました。  確かに、数では相手の不利とは言え相手は無傷、対するこちらは傷の大小はあれ皆手負い。  よほど自分の腕に自信があるのか知れないが、だったら尚更。  この隙を、油断を、見逃すまい、と。  右手に持つ剣に力を込め、そのまま魔王の胸に突き立てました。 「…………、……――――」  崩れ落ちた魔王は男を見つめると何か呟いたようでした。  何かする気なのかと警戒していましたが、男の予想とは裏腹に魔王はそのまま動かなくなりました。  照り込んできた夕日を見つめ、これが現実だと実感すると、溜め息のように驚きを吐き出しました。 「……終わった、のか?」  勇者伝説と言われるものがあります。  十年ほど前に突然、北の山に住まうおとなしい筈のモンスター達が、人間を襲い始めたのです。  モンスターが一人の人間を王と崇め、その策略を利用しているようでした。  人々はその人間を魔王と呼び恐れましたが魔王のいる城は雪山の中にあり、行くだけでも一苦労、さらにモンスター達もいるため、討伐隊もなかなか結果を残せずにいました。  しばらくして、一人の男の討伐隊が魔王を倒しました。  その男は、人々から勇者と讃えられました。  勇者は森の中の城を与えられ、共に住まう兵士たちとともにモンスターの残党を倒しながら生活していました。  ある日、勇者が部屋でいつものように武器の手入れをした時のことです。  コンコンとノックの音がして、ゆっくりとドアが開きました。  入ってきたのはこの城に住む兵士の一人です。 「勇者さまに渡したいものがあるという老人が来ているのですが、どういたしましょうか?」 「話を聞こう、その老人はどこに?」 「玄関のほうでお待ちいただいております」  勇者が城の玄関に行くと、紫色の布にくるまれた物を大切そうに抱えた老婆がいました。 「渡したい物がある、というのは……あなたか?」 「おお、勇者さま。渡したい物というのはこちらです……。これは、我が家に代々伝わる物なのですが……どうやら呪いの品らしく、勇者さまのお手元にあったほうが安全かと思い……来た次第でございます」  そう言って布にくるまれた鏡を勇者のほうに差し出しました。  受け取った物は老婆が抱えて歩いてくるには大変そうな、ずっしりとした物のように思えました。  勇者はとりあえず鏡を受け取りつつ怪訝そうに尋ねます。 「呪いの品ならば、教会などに預けたほうがいいと思うのだが」 「この鏡は魔王の鏡と言うものらしいのです」 「魔王の、鏡……?」 「あまり詳しい事は存じませんが……見てしまうと魔王が再び現れる、と母に教えられました」 「……わかった。こちらで厳重に保管しておこう」 「おお、ありがとうございます。勇者さま……」  老婆は勇者に向かって何度も礼を繰り返した後、兵士に送られ立ち去って行きました。  勇者は布の中の鏡を部屋に戻ると隅に置き、武器の手入れを再開します。  しかし視界の隅に映る紫の塊に、どうしても興味がわいてしまいました。  勇者の、布の中を見たいという思いは日に日に強くなっていきました。  そして数日がたつと、とうとう勇者は誘惑に負けてしまいました。  魔王が出てきたとしてももう一度倒しに行けばいいと思ったのです。  誰かに見つかると何か言われそうだと思ったので、夜になってからこっそりと見ることにしました。  部屋の明かりを消して、月光の中ゆっくりと布を外していきます。  布を外して出てきた鏡は、ずっと布にくるまれていたためか新品のようにきれいでした。  魔王が蘇る鏡、などと言うからには禍々しいものだと思っていたのですが、宝石のついた金の装飾はとても美しく、大きなお屋敷に置いてあってもおかしくないようなものでした。  しばらく鏡に見惚れた後、何か異変があるかと思い窓の外を眺めてみましたが窓の外に広がっていたのはいつもと同じ森と街、綺麗に光る月と星空だけでした。  かつて魔王の住んでいた雪山の方角を見ても、特に異変はなさそうでした。 「今のところは普通、か……」  すぐには結果は出ないだろうと判断すると、若干の期待と不安を胸に眠ることにしました。  次の日、勇者が目を覚ますと何故か、森の中にいました。  辺りを見回してみましたが、辺りに誰もいなければ城もありません。  近くには昔、魔王を倒しに行ったときに持っていた荷物だけが落ちていました。  あの鏡のせいで何か起きたのかと今更ながら不安になり、雪山の方を確認しようと思っても木々に阻まれてよく見えませんでした。  このままじっとしていても仕方がないので街に向かう道を進もうすると、不思議なことに道がありません。  普段はきちんとした道があるはずなのに、今は道などないように草で埋め尽くされていました。  それでも他に行くあてもないので、道のあった方に歩みを進めます。  木々が邪魔でしたが、普段と同じ道のりを真っ直ぐ進むと、何事もなく森を抜けることが出来ました。  すこし遠くには勇者が昔住んでいた街が見えます。  とりあえず何があったのかを聞こうと思い、街に向かいました。  勇者になってから、元より街に家族などもなく、普段の生活は城で済ませていたので街に来ることはありませんでした。  十年ぶりに来た街は、窓から見た風景とは違い十年前と何一つ変わっていませんでした。 「……そういえば、何も食べていなかったな……」  今にも鳴り出しそうな腹を抱えて勇者はつぶやきます。  かと言っても今の街の状況などわかりません。  仕方がないので、無くなっていない事を祈りつつ昔よく行っていた食堂を探しに行きました。  店は、昔と変わらずそこにありました。  開店中という札を確認して中に入ると、昔と変わらぬ賑やかさとおいしそうな匂いが漂ってきます。  勇者は空いていたカウンター席に座るとメニューを見ました。  メニューは全く変わっていなかったので、昔よく食べていたものを注文しました。  注文が来るまでの空いた時間、隣の席にいた青年に城の事を訊いてみることにしました。 「なあ、そこの人。ちょっといいか?」 「ん、なんだい?」 「この辺に城はなかったか?つい先日まであったと思うのだが」 「城……この辺りで……?うーん、王都ぐらいじゃねーか?」  青年がうーん、と考え込んでいると店員らしき恰幅のいい女性が青年に料理を持ってきました。 「おばちゃん、コイツがこの辺に城は無かったかっていうんだけど、王都しか無いよな?」 「うーん、王都以外だと無いねえ……なんだい、夢でも見たのかい?」  勇者は案外そうなのかも知れないな、と思いました。  ああ、そうか。これは夢なんだ。目が覚めればいつもどおり城があって、皆が居て。  ならば精々この夢を堪能しよう。  そんな考えに浸っている間に、勇者の分も出来上がったようで、先程と同じ女性が料理を持ってきました。 「はい、おまちどうさま!」 「ありがとう。うん、どうやら寝ぼけていたようだ」 「やっぱり?あははは!」 「だよなぁ」  その後は隣の男とたわいもない話を続けた後、男と別れ食堂を後にしました。  このまま街にいてもやることがないと思い、街の外に出てみました。  危険なはずの街の外も穏やかで旅人の姿も無く、代わりに行商人の姿がちらほらと見えました。  遠くには王都のものと思わしき大きな城が見えます。  外に出たはいいものの行くあてもないので王都に行くことにしました。  しかし旅人がいない所に馬車などあるはずもなく。  仕方なく歩いて行こうかと思ったその時です。 「おや、そこの方。出かけるのなら近くまでお乗せしましょうか?」  後ろから呑気な声が聞こえてきました。  少し驚きながら後ろを見ると、大きな馬車に乗った身なりの良い青年がいました。 「……あなたは?」 「あはは、名乗るほどもない只の行商人ですよー。で、どうです、目的地は?」 「王都にでも行くつもりだが」 「ええっ……王都まで歩きで行くつもりだったんですか?無謀なことしますねえ」 「馬車もないのだし歩くしかないだろう?」 「なのに遠出するのが無謀だって言うんですよ!見たところ商人でも無いようですし。珍しい人ですねえ」 「…………ああ、まぁ……な。そうともいかないんだ」 「話したくないっていうならこれ以上聞きませんよお。王都まで遠いですし話相手にでもなってください。多少寄り道はしますがそこはご勘弁」 「急ぎの旅でもないし寄り道は別に構わない。折角だし乗せてもらうことにしよう」  勇者は荷台に揺られながら、商人のたわいもない話をよくこれほど話が続くなあ、などと考えながら半分聞き流していました。  少しするとどうやらうとうとしていたようで、景色が大分遠くまで進んでいました。相変わらず続いている話を聞きながら、気晴らしに遠くを見ると北の山がありました。  そういえばこの世界ではモンスターはどうなっているのだろう。勇者はふと疑問に思い尋ねてみることにしました。 「そうすると女がこう言ったんです!あなたの――」 「なあ、モンスターってのはいないのか?」 「――それを聞いた男は、ってええ?モンスターですかあ……北の山にうじゃうじゃといるらしいですね。時折あの山の近くで行方不明になった人の話を聞きますよ。殺されてるんじゃないかって噂ですけど」 「ふむ……モンスターは多いのか?」 「そこまではわかりませんよ。直接見た人は大体死んでるに決まってるじゃないですかあ」 「なるほど。雪山、か……もう少し寄れば肌寒くなるだろうか」 「そうなるんでしょうが……流石にそんな所には寄りませんよ。お兄さん、目的は知りませんが興味本位で首を突っ込むのはやめたほうがいいんじゃないですかあ?どうしてもって言うなら止めはしませんけど」  商人は申し訳なさそうに告げると、口を閉ざしました。  勇者が荷台に乗ってから初めてのことでした。  その沈黙を先に破ったのは、勇者の方でした。 「……あなたは商人だったな。防寒具は扱っているか?」 「ええ、扱ってますけど。……やっぱり、行くんですか?」 「あいにくと気ままな旅なんでね。悪いが、食料と防寒具を買おう。多少割高でもいい、乗せてもらった礼だ」 「別にぼったくる気はありませんよお。次の交差点で南に折れるんで、その時でいいですかあ?」 「……ああ。世話になった」 「いえいえー。…………北の山と言えば、この前興味深い話を聞いたんです。人づてなので真偽はわかんないですけどねえ」 「どんな話だ?」 「何でも天気と風がいい時、稀に山の中腹に灰色の不気味で大きな城が見えるんだそうです」  山の中腹にある灰色の城。勇者にはそれはかつて魔王が住んでいた城と同じのように思えました。  ふと、あの時の事を思い出しました。  雪原を越えた先、城の最奥で玉座に座っていた魔王。  顔の見えないような怪しげな仮面をつけ、手下らしきモンスター達と戦っている間も、一人になってさえも余裕だという雰囲気があった。  今もあの城に魔王はいるのだろうか。それとも、まだいないのだろうか。  勇者は少し興味がわきました。 「灰色の城、ね……そんな事を聞かされたら行くしかないな」 「あらら、逆効果でしたか。これは残念」  そんな話をしている内に、馬車は交差点へと到着しました。  北へは当然道がなく、道と看板があるだけの小さな交差点でした。 「……最後に、そろそろ昼時ですから、かるーく一緒に食べていきませんかあ?あ、お代は結構ですんで」 「確かにそろそろ腹が空いてきた頃だな。お代は結構、とまで言われちゃ断る道理がない」  勇者がそう答えると商人は馬車を道の脇に止めるとシートを出して地面に敷き、荷台から食べ物を次から次へと出しはじめました。  手伝える事も無いだろう、と思い勇者は出される料理をおとなしく見ていました。 「テーブルとかもあればよかったんですけどねえ。シートじゃ雰囲気がでない」  商人の言うとおり、きちんとしたテーブルに並べてあれば立派なディナーにでもなりそうな食事が並んでいました。  商人は勇者に食器を手渡すと向かいに座り、ぽかんとしている勇者の顔を怪訝そうに見ます。 「食べないなら私が全部食べちゃいますよお?」 「……本当にいいのか?この食事、荷台から出したということは売り物だろう?」  軽い、サンドイッチ程度のものが出てくると予想していた勇者は、あっけに取られていました。 「いいんです!売り物だろうと今は私の物ですから!遠慮無くどーぞ。もたもたしてると私が全部食べちゃいますよお?」  そう言いながら商人はパクパクと目の前の物を食べていきます。  本人がこう言っているのだし、と半ば押しに負けて近くにあったハンバーグを食べました。  料理がとてもおいしかったためか、はたまたこの先の事を考えていたのか。  二人とも会話を忘れたかのように静かでした。  沈黙が続いたまま、二人で片付けを済ませます。 「ありがとう。それじゃあ、これで」 「……ええ。また、会うことがあれば」  別れの言葉を交わすと勇者は、北に向けて歩み始めました。  途中で一度だけ道のほうを振り返って見ると、商人が複雑そうな表情で手を振っているのが見えました。  しばらく歩いて、山のふもとにたどり着きました。  ここまで何匹かモンスターもいましたが山から離れた所に居るせいか、大した強さではありませんでした。 「さて、ここからが本番、か。これで何もなかったらと思うと虚しいな……」  そう宙につぶやくと、ゆっくりと雪原へと足を進めます。  山に入ってから、ぐっと敵が強くなっていました。  最初は悲鳴のような風が吹き抜けるだけだった空もだんだんと曇り、雪が降り始め、この先の禍々しさを体現するような吹雪となりました。  視界に映る一面の白と、その向こうの小さな城を視界に収めながら、勇者は疲れと緊張で高鳴る胸を押さえます。  魔王を倒しに来たときは綺麗に晴れていたため、自然の厳しさに引き返すべきかと思う時もありましたが、それでもなんとかここまでやってきました。  そろそろ城にいる奴らが攻撃してくる頃ではないだろうか。  気を引き締め剣を握り直し、城へ向かおうとしたその時です。  ふと、吹雪が止んだ気がしました。  次の瞬間足元がぐらりと大きく揺れ、轟音が聞こえてきました。  音のする方、山頂を見上げると白い波が勇者めがけて襲いかかってきます。 「ん、なっ……!!」  人間が雪崩から逃げられるはずもなく。勇者は雪崩に飲み込まれていきました。  雪崩に飲み込まれる一瞬、空に黒い鳥のような影が見えた気がしました。  どこか知らない大きな城で、たくさんの人に囲まれて、普通の日常を過ごしている。  勇者が最期に見たのは、そんな夢でした。  真っ先に目に入ったのは、淡い色でした。  ベッドから起き上がり、ここはどこだろうと軽く見回してみましたが、全く見覚えの無い部屋です。  では何故こんなところで寝ているのだろう、と考えてみますが思い当たる事もありません。  横にある窓から外を見てみると、夕暮れに照らされる銀景色が広がっていました。 「お目覚めでしたか。我らが、王よ」  突然聞こえてきた女性の声に驚きドアのほうを見ると、そこには見知らぬ女性が立っていました。  耳の代わりのようなヒレと、青い肌。一目で女性は人間ではないとわかりました。 「君は?ここは、一体……」 「驚かせて申し訳ありません。セイレーン、とお呼びくださいませ。ここは城……我らが居城です。王、何か必要なものはございませんか?」 「……そうだな、着替えたい。それと、王っていうのは一体?」 「あなた様以外に誰が居ましょう?自由にして頂いて構いませんし、何かあれば我らに命令を。着替えですね、少々お待ちを……」  セイレーンが部屋の外に出て一人になったので改めて部屋を見回してみます。  淡い色の壁や床は汚れ一つすらない。  家具も使った形跡がなく、ひどく場違いなところにいるような気がしました。  しばらくすると先程のセイレーンと名乗った女性がトレイを持って戻ってきました。  トレイの上には貴族が着るような、普段着にする物ではないような服がありました。 「先程聞き忘れてしまったのですが、湯浴みは結構ですか?」 「ああ……折角だから頼もうかな」 「わかりました。案内いたします、ついてきてくださいませ」  開かれた扉の先には、なかなかに広い廊下が見えました。 「いや、道を教えてくれれば十分だよ」  セイレーンは淡々とそうですか、と答えると向き直りました。 「廊下に出て右手に真っ直ぐ、二つめの角を左に曲がって頂ければすぐに到着いたします」 「わかった。ありがとう」 「お戻りの頃に夕食を用意しておきますわ。どうぞ、ごゆっくり」  深々とおじぎをするセイレーンに対して軽く手を振って返すと、彼女に言われた通りに右に向かいました。  風呂までの道すがら、この城に住んでいるらしき者達と出会いました。  しかし、見知った人間は一人もいませんでした。  それどころか、見た目が人間そっくりの者はいても、人間は一人もいませんでした。  そして、城の生活にも慣れた頃。  いつものように部屋でくつろいでいると、セイレーンがやってきました。 「突然来るなんて珍しいな?」  セイレーンは言うべきか悩むように少しためらった後、彼女にしては珍しく不安そうな様子で言いました。 「……王よ。……どうか、我らにご助力を」 「どうした、今更改まって。助力ぐらいならいくらでもするが」  その言葉を聞き、セイレーンは一瞬ほっとしたような顔をしましたが、すぐにいつもの無表情に戻りました。 「助力と言っても何をすればいいんだ?仕事があるにしろモンスターのほうが優れているんじゃないか?」 「モンスターと言えど、数で負ける以上力押しはできません。それに……知恵では、ニンゲンには敵いませんから」 「知恵?そんなものでいいならいくらでも貸そう」 「……はい。ありがとう、ございます」  その日から毎日、今までも行っていたらしい軍議に参加するようになりました。  知恵を貸すと言っても、大した事ではありません。  このような状況ならどうするかと尋ねられ、それに対しての最善手を答えていく。  たったそれだけの、子供の遊びのようなやりとりの応酬でした。  そんな軍議という遊びが続いたある日。  セイレーンが一枚の灰色の紙を渡してきました。 「サキュバスが下山して拾ってきたようです。シンブン……と呼ばれるものらしいのですが……」 「新聞?珍しい、何か面白いことでもあったのか?」 「それは見て頂ければわかるかと」  手元の新聞に目を落としてみると、発行日は一昨日。  モンスター達の黒幕?!という大きな記事が一番に目に入りました。  記事の内容をまとめると、こうでした。  最近モンスターの動きが活発であるが、それに関与している人間がいるようだ。  その人間、仮に魔王とする――がモンスターを操り、人間を襲わせている模様。  ついてはモンスター及び魔王の討伐の為の志願兵を募集する。 「という訳です。王の元には賊など決して近寄らせませんのでご安心を」 「そう言うと思ったよ。それにしても……魔王、ね。なかなか面白い事を言うと思わないか?」 「面白い事、ですか?」 「人間たちは魔王がいる、と書いた。つまり君たちの王であると認められたわけだ」 「確かにそうですね。こうして世界中に王のことが知れ渡ったと思うと、見つかってしまったことも悪いことではないのかもしれません」 「……まあ、一応。慢心せず警戒せよと皆に伝えておいてくれ」 「わかりました。それではまた何かありましたら参ります」  魔王と呼ばれるのも案外悪くないな、と思いつつ今後の事に思案をめぐらせます。  しかし討伐隊の現状がわからない以上どうしようとも思えず、仮に来たところでモンスターは人間に負けるほど弱くはない為、考えるだけ無駄に思えました。  しかしそんな甘い考えで、そうそう続くはずがありませんでした。  魔王の元には毎日のように討伐隊がやってきたという報告が来ます。  軍議に参加していても、王などと言っても人間だからか、それとも単純に信用されていないのか、やってきたという事は聞けても詳しい話までは聞くことができません。  ただ風の噂で、最初は襲うときに討伐隊と小競り合いになった、といったものだったのが、最近では平原に討伐隊が準備しているのが見えた、などというものまで聞くようになりました。  そうした噂の数々と焦りが隠しきれなくなっていく周囲の様子に、日に日に情勢が悪化しているというのはすぐにわかりました。  前線で戦う分にはモンスターの努め、相談されないということは人間は関わるなという事だと判断して平静を装っているのがはっきりとわかる軍議を済ませると、望まれた通り何も気付かないふりをしていつも通りの生活を繰り返しました。  その日はこの山にしては珍しい、魔王が知る限り初めの晴れた朝でした。  朝は何事もなかったのですか、昼過ぎになると部屋の外からがやがやと騒ぐ声と慌ただしい足音が聞こえてきます。  何事かと思っていると、セイレーンが珍しくノックもせず飛び込んできました。 「王、申し訳ありませんがこちらを着けてついて来て頂けますか」  そう言うと顔を覆い隠すような仮面を手渡されました。  外の音とセイレーンの様子から只事ではないと思い、素直に仮面を装着します。 「何だ、物々しいな?先程から外が騒がしいようだが……」 「後でお話いたします!今は……気付かれると困りますから」  それは答えを言っているようなものだと思いながら、セイレーンについて城の奥へ奥へと隠れるように進んでいきます。  廊下を進んでいる途中、遠くから剣戟の音や悲鳴が聞こえ、血の臭いがただよってきました。  城の最奥、玉座の間に着くとセイレーンは先に居たモンスターと共に魔王の方へと振り向き、ひざまずきました。 「お気づきでしょうがニンゲンの襲撃です。王は戦う必要はございませんが、念のためこちらを」  横に居たモンスターの一名が腰に着けていた剣を魔王の方に渡すと、ひざまずいたまま続けます。 「戦いは我らにお任せくださいませ。我ら一同、万が一の事があれば王と共に散るつもりですわ」  扉のすぐ外から悲鳴が聞こえてきました。 「それで、今がその万が一というわけか。こんな時に言うのも何だが……、今まで、ありがとう」  こんな戦いから逃げもせず、この城にいるモンスター皆が死ぬ覚悟で戦っているのなら、王たる者も共に死のう。  そう決意した瞬間、扉が勢い良く開きました。  仮面の下から、闖入者を見回します。  数はざっと三十名ほど。一番奥に大将らしき男が一人。  その手には、各々血にまみれた武器。  対するこちらは五名、しかも荷物になるような人間が一人。  明らかに無茶だとわかりながら、モンスター達は突撃して行きました。  手を出すのは邪魔になるだろうと判断し、玉座に構え奇跡を待ちます。  しかし、奇跡など起こるわけもなく。  目の前のモンスター達は、次々と人間達の手によって死んでいきました。  ただ流石に相手も無傷とは言えないようで、倒れていく人間も多々いました。  最後残ったセイレーンを切り伏せ、細かい傷をいくつか負いながらもこちらを睨む大将らしき男の、その顔を見て何故か、懐かしい、と思いました。  決着は一瞬でつきました。  魔王が油断したその瞬間を男は見逃してはくれませんでした。  次の瞬間には、胸に男の持つ剣が深々と突き刺さっていました。  倒れ伏しながら、先程の追憶はいつの事だったかと考えた瞬間、全てを思い出しました。 「そういう、こと――――」  どうせ聞こえないだろうと、自嘲を浮かべて呟きます。  かつての自分と、目の前の男の未来。  果たして、男は未来を変えられるのか、と。  動かなくなっていく体で、その行く末を想いました。